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内奥に潜む母なる自然の源泉に気づいて
2017年07月01日 (土) | 編集 |
宗教や幽霊を否定する人でも、家族や好意を持っている人の死を悼み、あの世で無事暮らしている事を思う人は多い。
本当に存在しなくとも、そう考える事が自然と染み付いているのもあるが、それだけではない。
そう想像する事が、心地良いからだと思います。
死者の世があり、家族や好意を持った人が幸せに暮らしていると想像する事が心地良く安心できる。
だから、ほぼ全ての宗教で死後の世界の事が語られる。
太古の昔から当たり前のように、目に見えない世界があるという想像が続けられてきた。
宗教を信じない人の多い日本でも、お墓や葬式などは根強く続いている。
そうする事で、死後の想像をさせる事が出来るのを宗教は知っているのです。
死後の事をどう想像するかによって、人は生き方が変わる。
お話で死んだ家族は心の中で生き続けると言っているシーンがよくあるが、そう想像する事で、目に見えなくとも変わらない存在を感じる事が出来るという想像の力になんとなく気づいているが故の言葉かもしれない。
現実で相手を考える時でも、想像で相手を考える時でも相手を捉えるのは想像です。
そして、生きている時でもいつも目に入れ、話をし、相手の存在を確認しているわけではない。
それを悲しむ人はいないでしょう。
想像で生きていると分かっているのだから。
死とは、その存在を確認できない、想像の期間が長くなるだけとも言えます。
想像の中では死者も生き続ける。
死者に手紙を出したり、死者を想像し、対話する事が心を穏やかにする事もある。
永遠の命が手に入るようになったとしてもそれは変わらない。
ずっと存在を確認し続ける事は出来ないのだから。
現実を思い通りには出来ない以上、失う事をなくす事は出来ません。
想像で存在を想う事をやめる事も出来ない。
想像の力は無くならず、ずっと必要とされると思います。

現代人に必要な考えが書いてありました。
科学と迷信、現実と想像のバランスが大事だと思いました。

心理療法入門 (岩波現代文庫 〈心理療法〉コレクション VI)



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ジャンル:心と身体

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