現実を辛く苦しいと感じている人へ 想像を自由に心から楽しむだけで、生きるのは楽しくなる
2017年07月14日 (金) | 編集 |
想像を楽しんでばかりだと他人の事を思えなくなるのでは?と思う人がいるかもしれない。
他人の事を思う。
それが大きな勘違いです。
他人の気持ちを考えない人などいない。
ですが、相手の思ってる事を正確にわかる人などいないし、相手の思いに完璧に応えられる人もいない。
誰だって自分の気持ちを優先してしまう。
相手の事を思わなければならないというのも、自分の気持ちなのだから。
相手が本当に何を考えてるか聞きもせずに、自分の想像で考えてしまうのも同じです。
横暴な態度を取る人だって、相手の事を考えている。
自分は相手の事を分かってると思ってるからこそ、横暴な態度をとっても平気な顔をしてるのです。
いじめの問題もそうです。
「いじめている気はなかった。相手も楽しんでいると思った」こう言う人達がいます。
「こいつはこれで良いと思ってるんだ。外野が口を出すな」とか、自分が楽しいと思う気持ちを優先し、相手の気持ちを都合よく考える。
逆に相手の気持ちを分かっていると思って、人を怖がる人もいる。
相手が怒っているとか、嫌っているとか想像してしまうのです。
相手の事を分かっているという思いが想像に過ぎない事に気づかないといけない。
相手の気持ちは分かると思い込んでしまうからこそ、想像と現実の区別がつかず、自分や相手を平気で傷つけてしまう。
空気を読むとか、相手の気持ちを完全に察する事など出来るはずがない。
想像を楽しむ事を妄想と言って卑下する人がいるが、妄想というのはない事に対して病的原因からいだく、誤った判断・確信です。
妄想はむしろ、想像を楽しむ事ではなく、自分の想像を現実と決め付ける行為なのです。
病的ではないにしろ私達自身も日常生活で当たり前にやっている。
そして、いつ病的になるかは分からない。
妄想と言って、想像を楽しむ事を否定し、現実だけを見ようとすれば、想像と現実の区別ができずにいつそうなってもおかしくない。
その事を意識しなければ、自分の創った幻想に飲み込まれ、自分や相手を傷つけてしまうでしょう。

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書)





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コメント
この記事へのコメント
アドラー心理学と嫌われる勇気
私はアドラー心理学と嫌われる勇気の存在を知ってから、空気を読むとか、相手の気持ちを察するなんて無意味で無駄な努力だと割り切れるようになりました。嫌われてもよいから、自分に自信を持って自分らしく生きる、それでいいんだって。
2017/07/15(Sat) 16:08 | URL  | MORIKANAもりかな #-[ 編集]
Re: アドラー心理学と嫌われる勇気
コメントありがとうございます。
そうですね。
出来ない事に悩むよりも、出来る事に力を注ぐ方が大事だと思います。
私も幻想の空気や気持ちに囚われないよう気を付けています。
2017/07/15(Sat) 20:28 | URL  | 哲也(テツナリ) #-[ 編集]
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